こんにちは!市民ライターのみちたです。
南三陸のイタリアと呼ばれる唐桑半島出身。市内で学習塾ホライズンを主宰しています。今回はまち歩きをテーマに、気仙沼の地形の魅力をお伝えしていきます。
リアスの地形に現れた「平らな地」
今、あなたは気仙沼の内湾、ラヂオ気仙沼のスタジオ前に立っています。

目の前には遊覧船乗り場。奧には安波山から続く丘陵の先端である岬、神明崎。その神明崎と向き合う対岸の岬は、まちのランドマークともいえるホテルのある柏崎。嵐の際には、 2つの岬が包み込むようにして、湾内に停泊する船を守る気仙沼の内湾は、リアスの地形を活かした、凪の時間が美しい天然の良港です。
「リアス」は、谷に海水が入り込んで形成された、入り江と湾が複雑に連続する地形のこと。
「溺れ谷」ともいわれます。平地が極端に少ないのがリアスの地形の特徴です。

丘陵地が海に向かって直接沈み込んでいく神明崎と柏崎に囲まれた内湾は、典型的なリアスの風景です。
ん?
でも、ちょっと待ってください。
今、あなたが立っている周囲を良く見渡してください。商業施設や住宅が広がる内湾エリア一帯は、リアスの海辺らしくない、平らな土地であることに気づくはずです。

実は、気仙沼は、天然の防波堤のような2つの岬に守られた、リアスの地形を活かしながら、埋め立てることでまちが発展してきた、「風の谷」に造られた港町なのです。
ん?
またまた気になるワードかもしれません、「風の谷」。
このまちで先人たちが紡いできた歴史と文化と暮らしには、港に吹く風と、その風を生み出す地形との関わりが大きな意味を持っています。
今日は、まち歩きをしながら、風の流れと、水の流れ、まちの中に残る「海だった痕跡」をたどりつつ、このまちの成り立ちを知る冒険の旅に出てみましょう。
海岸線の面影を残すカーブ
どうやら風は港の背後、八日町方面から吹いているようです。

さぁ、冒険のはじまりです。
まずは
港 を背にまっすぐ進み、南町のキムチとラーメンが美味い喫茶店付近まで来ました。
お店の背後にある崖。これは明らかにかつて波に削られた海岸段丘だったところです。南町はかつて海でした。明治時代以後に埋め立てられた比較的新しい土地です。八日町の市役所方面に続く一方通行の道は、かつての波打ち際でした。

南町の通りは、美味しいやきとりやさん、フカヒレが楽しめるお寿司屋さん、老舗の割烹料理屋さん、まちのひとにおなじみの居酒屋さんと、冒険の旅ははじまったばかりなのに、うれしい誘惑ばかりですが、ひとまずは、かつての波打ち際を想像しながら、八日町方面へ進みましょう。
おやおや、居酒屋さんを過ぎたあたりで、ちょっと気になるポイントがやってきました。
わかりますでしょうか?道は緩やかに右にカーブしていることが。
このカーブが描いているのも、かつての海岸線の痕跡なのです。
カーブの内側が、かつて「西風釜」と呼ばれた江戸期最後の埋め立て地なのです。
「釜」という地名は、周囲を山や丘に囲まれ、湾曲型に侵食された地形を指すようです。
塩釜、釜石、唐桑半島の巨釜(おおがま)などの由来であるようです。
つまり「西風釜」は、紫神社のある浜見山と、熊野神社のある横丁山という、2つの丘陵に
背後を囲まれた入り江(湾)だったのです。

ところで「西風釜」は、どんな読み方をすると思いますか?
「西風釜」は、「ならいがま」と読みます。
「ならい」は、東日本の
太平洋側で使われる方言で、山に並んで(沿って)吹く冬の風のことを指します。風の向きは地域によって異なるのですが、気仙沼の場合は西(北西)から吹
き込む風が「ナレノカゼ」なので、「西風」と書くのです。
さて、江戸期最後の埋め立て地が西風釜ですが、それより前の時代はどうだったのでしょう?そして、港に吹きこむ西風はいったいどこから吹いているのか?
その答えを求めて、冒険の旅は続きます。
▼「その2」へつづく…!
みちたさんも執筆したおすすめ本
こちらの記事の執筆者でもある、みちたさんが寄稿している書籍「東日本スリバチ地形まち歩き」(学芸出版社)。2026年1月に刊行された新刊です。こちらには、なんと気仙沼のまち歩きガイドも載っています!
地図作家の杉浦貴美子さん作成の3D地図も地形のイメージを掴めて楽しいです。この記事に興味を持たれた方にはぜひおすすめの一冊!この本を片手にまち歩きをしてみてください。また、昨年開催された、この書籍をベースにしたツアーが今年も企画される模様です!そちらもお楽しみに!
書も持ち、まちへ出よう!





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