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グルメコラム美食探偵S メカ×カレーの謎を解け!~後編~ | 【テスト】気仙沼の観光情報サイト|気仙沼さ来てけらいん

気仙沼メカジキ メカ×メカ探検隊

グルメコラム美食探偵S メカ×カレーの謎を解け!~後編~

おすすめ 2018/09/11

 

後編 目次
1.ホントに食べてたの? 世代とメカカレー
2.お肉は高かった
3.メカから肉へ、テレビコマーシャルの影響!?
4.懐かしのメカカレーも食べられる 道の駅大谷海岸 レストランビーチメモリー「気仙沼カレー」

前編の記事を読む
→メカ×メカ探検隊 メカ×カレーの謎を解け!~前編~

1.ホントに食べてたの? 世代とメカカレー

まず、メカカレーは確かに存在した。こう言うと「嘘なんかついてない!」と怒られそうだが。

この街でメカカレーを食べていたのは、ほとんどが現在50~55歳以上の世代。私は40歳だが私の世代以下はその存在をほとんど知らないか、気仙沼メカ×カレーの開発で話題になり「お父さんたちの世代は食べたって言ってた」という反応がほとんど。私より年下の世代も同じだった。

翻って60代以上はほとんどの人が「食ってたよ」「食べてた」と答える。その食べていた世代に「最近はどうか」と聞けば、家庭でメカカレーを食べる家はほとんどない。唯一、最近お父さんが作るようになったよという話を聞いた程度。

55歳以上の世代には一般的であったメカカレー、それがなぜ作られなくなったのか。
それも50~55歳の人たちが境になるのはなぜなのか。
メカカレーの謎は深まるばかりである。


ネパール料理イエティ「メカカレー」

 

2.お肉は高かった

気仙沼メカ×カレーを売り出すとき、プロモーションでは「第四の肉」というキャッチフレーズを使っている。メカジキは一般的にカレーに用いる食材「鳥肉」「豚肉」「牛肉」に続く「第四の肉」という意味合いである。

ここから、なぜメカジキがカレーの具材としてこの街で一般化していたのかを考えてみよう。

メカカレーを食べていた人は口々に「当時肉は高かったから、肉の代わりに入れていた」という。
メカジキは当時高価であった肉の代用品としてカレーの具になっていたという。そしてメカジキは「あれは買って食うものではなかった。船から上がった人からもらうもの」と。

気仙沼では「分け魚」といって、船主が漁に出ていた漁師に現物の魚を配る風習があった。
その分け魚を船主や漁師が親戚や友人知人、隣近所に配り、それをご近所におすそ分けするというやりとりが多くおこなわれていた。
メカジキもその分け魚のひとつであり、脂ののったメカジキが日常的に食卓にのぼる気仙沼では、調理の工夫によりカレーの具として使われていったというのは自然な流れだろう。

 

そして、当時肉は高価だったということもある。
それ以上に、魚が豊富にある港町では、そもそも肉を食べるという習慣がそれほどはなかったという人も多くいた。
それでも「はじめて肉のカレーを食べたときは旨かった」いう人が多いのも面白い。

 

ではメカカレーは美味しくなかったのか?

そう聞くと「そんなことはなかったなぁ」という答えが返る。
煮崩れしやすい魚でもあるため、カレーは煮崩れしていたという印象を語る人は多いが、美味しくなかったという言葉はほとんど聞こえてこなかった。

 

そんなカレーの具としてのメカジキが、次第にお肉に代わっていった理由は何だろう。

港町でも肉食が一般化してきたこと、肉の値段が安くなってきたということはもちろん考えられる。
それでも、ある時代を境にこうして食卓から忘れ去られていったのはいったいなぜなんだろう。
分け魚が少なくなったとはいえ、だ。

 

3.メカから肉へ テレビコマーシャルの影響!?

 

「テレビコマーシャルの影響じゃないかな。」

日常的に食べていたという人がこんなことを言った。カレールーのテレビCMの影響ではないかと。これまでメカをカレーの具に使っていた家庭が、テレビを見て影響され「カレーの具は肉」と次第に変わっていったのではないかということだ。

確かに、これはあり得るかもしれない。境となった世代が生まれたのは1963~68年。この世代の人たちが子どものころ実際にメカカレーを食べていたと確実に覚えているのは、6~7歳の小学校入学くらいと仮定すると1970~75年(昭和45年~50年)と考えられる。

 

さっそく日本のカレーの歴史を調べてみると、面白いことが見えてきた。

まず即席カレールーの誕生だが、これは意外に古く1950年(昭和25年)には国産の固形カレールーが誕生している。そして1969年には袋詰めのレトルトカレーが生まれた。

続いてのエポックに移ろう。1963年にハウス食品がマイルドな辛さで子どもと一緒に食べられる、りんごとはちみつで知られる「バーモントカレー」を発売。続いて1964年にはS&B食品がインド人もびっくりの「ヱスビーカレー」、66年には「S&Bゴールデンカレー」を発売している。折しも東京五輪の開催によりテレビが爆発的に普及したころ。発売から50年を経た現在でも販売されているロングセラー商品が誕生した背景には、有名なキャッチフレーズでもわかるとおりテレビCMが大きく影響していると言ってよいだろう。

 

ではメカカレーの境となった1970~75年あたりでカレーに何が起こったかを見てみよう。

まず、1968年に大塚食品からレトルトカレー「ボンカレー」が世界で初めて発売、1971年にはハウス食品から「ククレカレー」が発売されている。

そして1982年1月22日には全国学校栄養士会がこの日に全国で出される学校給食を一斉にカレーにする「全国統一献立」となった。

どうも、このあたりが臭う。いや、カレーなので匂う。

テレビCMやドラマ、テレビの料理番組で、カレーの具は普通は「お肉らしい」と子どもたちはお母さんにせがんでみたのではないだろうか。

ものめずらしいレトルトカレーを食べてみて、やっぱり具は肉だと気づき、お肉で試してみたら美味しかったから、そのままお肉にしてしまったお母さんがいたのではないだろか。

給食でカレーが出たらお肉だったので、お母さんにお願いして作ってもらったら、やっぱり美味しいということに気付いたのではないだろうか。

 

根拠はない。でもこんなことは考えられないだろうか。

<仮説> メカカレーがなくなったのはテレビとレトルトカレー、給食の影響である。

 

これについては、ヒマをみつけてもう少し調べてみたい。

 

4.懐かしのメカカレーも食べられる
道の駅大谷海岸 レストラン「ビーチメモリー」の「気仙沼カレー」

 

さて、諸君。
そんな昔のメカカレーを食べてみたいとは思わないか。

気仙沼メカ×カレーにも、そんな往年のメカカレーがちゃんと用意されている。
道の駅大谷海岸にあるレストラン「ビーチメモリー」の「気仙沼カレー」がそれだ。

もちろん、そこはプロの技。煮崩れを防ぐための工夫もちゃんと加えてある。玉ねぎをじっくり炒め、丁寧に煮込んだ昔ながらのルウに、脂のたっぷりのったメカジキをバターでソテーして乗せた姿はカレーライスというよりむしろ「ライスカレー」。

ん、このライスカレーという言葉もまったく聞かなくなったな。うちのじいさんばあさんはライスカレーって言ってた。

とすると、カレーライスとライスカレーの境は…

まぁ、いいか。

 

気仙沼のTHEライスカレーは このメカカレーである。
他の気仙沼メカ×メカカレーとともにぜひ召し上がれ。

 

えつこまーんま。

 

気仙沼メカ×カレーはここで食べられる

〇気仙沼メカ×カレー紹介ページ
http://www.mekajiki.jp/gourmet/curry.html

〇飲食店
・クードフー 気仙沼市田中前3-1-12 TEL.0226-24-7455
・アンカーコーヒーマザーポート店 気仙沼市舘山1-6-31TEL.0226-23-5939
・北かつまぐろ屋 田中前店 気仙沼市田中前1-3-18 TEL.0226-24-7010
・Bisulo eMʼs びすとろえむず 気仙沼市田中前1-1-2 TEL.0226-25-8820
・お食事の店 あじ蔵 気仙沼市田中前1-3-6 TEL.0226-23-3996
・パブ喫茶 オルゴール 気仙沼市新町6-16 TEL.0226-24-4981
・浜の家 気仙沼市東新城2-5-5 TEL.0226-23-7249
・レストランBRUNCH 気仙沼市上田中2-2-17 TEL.0226-22-4171
・道の駅 大谷海岸 レストラン「ビーチメモリー」 気仙沼市本吉町三島94-12 TEL.0226-44-3180
・シャンブル 気仙沼市田中前1-3-22 TEL.0226-22-1857
・リアスキッチン 気仙沼市魚市場前7-13海の市内1F TEL.0226-24-7020
・一縁工房 わらび 気仙沼市下八瀬450-11 TEL.0226-28-9418
・ネパール料理イエティ 気仙沼市田谷20−11 TEL.0226-25-7096

出典)

ハウス食品「カレーの日本史」
https://housefoods.jp/data/curryhouse/know/world/j_history04.html

ハウス食品「給食とカレー」
https://housefoods.jp/data/curryhouse/know/column/column09.html

ヱスビー食品「社史・沿革」
https://www.sbfoods.co.jp/company/profile/history/

大塚食品「ボンカレーヒストリー」
https://boncurry.jp/history/

 

This article is written by 美食探偵S